スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

レーチェル・カーソン『沈黙の春』(Rachel Carson,Silent Spring)とジェーン・ジェイコブス『アメリカの大都市の死と生』(Jane Jacobs,The Death Life of Great American Cities)

強調文レーチェル・カーソン『沈黙の春』(Rachel Carson,Silent Spring)とジェーン・ジェイコブス『アメリカの大都市の死と生』(Jane Jacobs,The Death Life of Great American Cities)。
レーチェル・カーソンの『沈黙の春』は、DDTがもたらしたすさまじい自然破壊をみごとに描き出し、人間がつくり出した化学物質の危険性を世に訴えた書物である。DDTは,1874年、ドイツの化学者によってはじめて合成されたものであるが、1939年、スイスの化学者パウル・ミュラーが、強力な殺虫効果があることを発見した。それからわずか数年の間に全世界でひろく使われ、昆虫伝播疾病の撲滅、また農薬として絶大な威力を発揮した。しかしDDTは、昆虫や小鳥を絶滅するだけでなく、人間自身をも絶滅しかねない化学物質であることを、レーチェル・カーソンは海洋生物学者として詳しく記し、警鐘を鳴らした。当時、マッカーシズムの時代的風潮の中で、アメリカの農務省、製薬・化学産業はこぞって、レーチェル・カーソンの批判、誹謗に終始したが、圧倒的に多数の人びとの共感を得て、世界的な公害反対運動の大きな潮流をつくりだすことになったのである。
ジェーン・ジェイコブスの『アメリカの大都市の死と生』は、ル・コルビジェの「輝ける都市」に代表される近代的都市の考え方に対して、その問題点をするどく指摘して、新しい、人間的な都市のあり方を私たちの前に示し、都市計画の専門家の間に、革命的といってよい衝撃を与えた。ジェイコブスは、二十世紀はじめのアメリカには、魅力的な大都市が数多くあったが、それから半世紀経って、1950年代の終わりころには、このような魅力的な大都市の魅力が失われ、住みにくい、非人間的な都市となってしまったのかについて、アメリカ中の都市を回って歩いて、実際に調べた。そして、どのようにすればアメリカの大都市の生を取り戻すことができるかを明らかにしたのである。
この二つの書物は、二十世紀を通じて、急速なペースで起こった工業化と都市化が引き起こした自然と都市の破壊、それによってもたらされた人間と社会の破壊について、するどい観察と透徹した分析を展開したもので、若い世代の人びとの心を深くとらえ、二十世紀の後半もっとも大きな思想的、社会的、そして政治的影響を与えた書物である。
 近代都市の理念は、19世紀の終わりころ、エベニーザー・ハワードが提起した「田園都市」(Garden City)の考え方に始まる。産業革命後、18世紀から19世紀にかけて、イギリスの各地には、新しい、近代的な工場が数多く造られ、経済の規模は飛躍的に拡大した。しかし、ロンドンをはじめとして、イギリスの大都市における一般の人びとの生活は貧しく、悲惨であった。
 このとき、エベニーザー・ハワードはロンドンの郊外にまったく新しい住宅地を造って、そこに貧しい人々を移した。新しい町は、豊かな自然に囲まれて家々の間もゆとりがあったので、「田園都市」と呼ばれるようになった。ハワードの「田園都市」は、20世紀に入って、新しい町づくりの考え方を象徴するものになった。ハワードの考え方はパトリック・ゲッデスによって受け継がれ、広い地域全体について都市計画の形に発展していった。ゲッデスは、すべてを合理的に計算して、人々の住む環境を作っていった。ハワードやゲッデスの考え方は、ル・コルビジェによって「輝ける都市」(Radiant City)として、20世紀の都市のあり方に大きな影響を及ぼすことになった。
 ル・コルビジェの都市は、自動車を中心として、ガラス、鉄筋コンクリートを大量に使った高層建築群によって象徴されている。ル・コルビジェの「輝ける都市」は美しい幾何学的なデザインをもち、抽象絵画を見るような芸術性をもっている。しかし、生活を営む人間の存在が「輝ける都市」には欠如している。ル・コルビジェの都市は、そこに住んで、生活を営む人々にとって、実に住みにくく、また文化的にもまったく魅力のないものであった。
 ル・コルビジェの「輝ける都市」は、アメリカ、ヨーロッパ諸国、日本だけでなく、インド、アフリカの貧しい国々にまで普及していった。強い日光をさえぎるものが何一つない砂漠のなかに、高層建築群がならび、広い自動車道路を、人々が荷物を背負って、とぼとぼ歩いている姿が「輝ける都市」のイメージである。ル・コルビジェの「輝ける都市」の考え方にもとづいてつくられた町は不完全ではあるが、日本にも数多くの例がみられる。もっとも代表的な例は、筑波の研究学園都市、大阪の千里ニュータウンである。
 ル・コルビジェの「輝ける都市」に代表される近代的都市の考え方に対して、その問題点を鋭く指摘して、新しい人間的な都市のあり方を私たちの前に示したのが、アメリカの生んだ偉大な都市学者ジェーン・ジェイコブスである。ジェイコブスの『アメリカの大都市の死と生』は、都市計画の専門家だけでなく、一般知識人、学生の間に革命的といってよい衝撃を与えた。アメリカの大都市が死んでしまったのは、ル・コルビジェの「輝ける都市」に代表される近代都市の考え方に基づいて、都市の再開発が行われてきたからである。しかし、アメリカの都市の中には、人間的な魅力をもった都市が数多く残っていることをジェイコブスは発見した。そして、住みやすく、人間的な魅力をそなえた都市すべてに共通した特徴を4つ取り出して、新しい都市をつくるさいの基本的な考え方として示した。これがジェイコブスの四大原則と呼ばれている。
 ジェイコブスの四大原則の第一は、都市の街路は必ず狭くて、折れ曲がっていて、一つ一つのブロックが短くなければならないという考え方である。幅が広く、まっすぐな街路を決してつくってはいけない。自動車の通行を中心とした、幾何学的な道路が縦横に張り巡らされたル・コルビジェの「輝ける都市」とまさに正反対の考え方をジェイコブスは主張したのである。
 ジェイコブスの第二の原則は、都市の各地区には、古い建物ができるだけ多く、残っているのが望ましいという考え方である。町をつくっている建物が古くて、その造り方も様々な種類のものがたくさん混ざっている方が住みやすい町だというのである。「新しいアイディアは古い建物から生まれるが、新しい建物から新しいアイディアは生まれない」とうのがジェイコブスの有名な言葉である。
 第三の原則は、都市の多様性についてである。都市の各地区は必ず二つあるいはそれ以上の働きをするようになっていなければならない。商業地区、住宅地区、文教地区などのように各地区がそれぞれ一つの機能を果たすように区分けすることをゾーニングという。ル・コルビジェはゾーニングを中心として都市計画を考えたが、ジェイコブスは、このゾーニングの考え方を真っ向から否定したわけである。ジェイコブスがゾーニングを否定したのは次のような根拠からであった。アメリカの都市で、ゾーニングをして一つの機能しか果たさない地区ができると、夜とか、週末には、まったく人通りがなくなってしまい、非常に危険となってしまう。ジェイコブスは、フィラデルフィア市の生まれであるが、ある年、殺人がすべて公園の中で、夜行われたということがあった。日本ではアメリカと違って、都市は一般にずっと安全であるが、ゾーニングの危険に変わりはない。
 ジェイコブスの第四の原則は、都市の各地区の人口密度が十分高くなるよう計画したほうが望ましいということである。人口密度が高いのは、住居をはじめとして、住んでみて魅力的な町だということをあらわすものだからである。
 ジェイコブスの四原則は、これまでの都市の考え方を全面的に否定して、人間的な魅力をそなえた、住みやすく、文化的香りの高い都市をつくるために、有効な考え方であることは、『アメリカの大都市の死と生』が出てから今日までの間にはっきりと示された。世界の多くの国々で、ジェイコブスの四大原則にしたがって、住みやすい、文化的香りの高い都市がつくられた。ベルギーのブリュッセル市の近郊に、ルーヴァン大学の新しいキャンパスが1970年代に建設された。それがルーヴァン・ラ・ヌーブである。ルーヴァン・ラ・ヌーブは1968年に計画されたが、すでに自動車と公的交通の均衡を考えてつくられた。ルーヴァン・ラ・ヌーブでは真ん中に鉄道の駅が一つあり、人々はまちのすべての地点にそこから歩いてゆくことができる。高層建築を取り巻いて自動車道路がめぐらされているのではなく、低い建物が伝統的な日本のまちを伝統的なヨーロッパのまちのように互いにくっついて建っている。建物は互いにくっついているが、高層建築物はない。エレベーター、空調設備もなく、過剰なエネルギーの消費もないのである。
 ル・コルビジェの考えと違って、都市空間を単一の営みのために使うように計画されていない。学問のための場所とか、企業、あるいは買い物、住居のためという特定の場所がない。しかし、長期的な強靭なバックボーンといった類の計画はある。それは、ピエール・ラコンテが主張する「発生にしたがっての計画」の考え方である。計画はある道筋か、あるいは特定の方向に向けて発展し、マスター・プランに加えられていくが、初めから決定されたものではなく、「ノン・ゾーニング」の考え方である。
(宇沢弘文「第19章 人間的な都市を求めて―ルーヴァン大学の挑戦」『経済学は人びとを幸福にできるか』東洋経済新報社、2013年、pp.244-260参照。)
スポンサーサイト

偽りの競争原理

偽りの競争原理
服部茂幸氏は、『アベノミクスの終焉』(岩波新書1495、2014年)の中で、「偽りの競争原理」について述べている(pp.152-155)。
著者は、「競争は必要だという主張は抽象的には正しいであろう」と述べた上で、成果主義の導入が大失敗したことを、富士通とソニーの大失敗を犯した事例(すでに通説)から批判している。現在では、成果主義は公務員や大学にも導入されておりやはり失敗していると私も思う。著者は「なぜ成果主義は失敗するのであろうか」と問いを投げかける。そして、「アメリカ式の成果主義は正しい成果主義とはいえない。けれども、この正しくない成果主義は経営者にとっては極めて有利な仕組みといえる」と指摘する。それは次の理由からである。

日本において、成果主義が導入されたのは、賃金引き下げの手段としての要素が強かった。経営が悪化した企業は人件費の削減を望んでいた。しかし、給与を引き下げるのは難しい。場合によっては、経営をそこまで悪化させた責任を、経営者は追及されることになる。けれども、成果主義の下で給与が下がるのは、経営者が無能だからではなく、給与を下げられた人が無能だからということになる。責任転嫁のシステムとして、成果主義は優れているといえる。

 「結局、日本でもアメリカでも、成果主義はその導入者の利益を守るために行われた」という。私もそう考える一人である。

 著者が次に問題にしているのは「成果の測り方」である。仕事には数値による評価が容易なものと難しいものがある。営業の世界は数値化できるからわかりやすい。しかし総務や人事の世界は数値化できない。成果主義や目標管理制度はこうした意味のない世界でも導入されている。

 3つ目に、もっと問題なのは、「創造性」を必要とする仕事である。著者は、「『アメとムチ』方式が機能するのは、ルーティン化された仕事であることは、よく知られている。しかし、創造的な仕事はルーティン化できない(ルーティン化できたら、それは創造的な仕事ではない)。こうした仕事にとって、重要なのは内発的な動機づけであって、『アメとムチ』ではない」と述べている(154頁)。事例として、著者はソニーが経営改革を行った結果、かつてのウォークマンのような画期的な製品が生まれなくなったのは、理論通りだと指摘している。

 4つ目は、「成果を一元的な物差しで測れないということで、評価の軸を数多く設定しようという努力も生まれている。これがさらに事態を悪化させる」と指摘している。

私は上述の3つのことにも賛同している。そして最も賛同するのは、「八○対二〇の法則」である。その法則とは、「重要な二割の仕事をやれば、全体の八割を達成できたのと同じということである。このように仕事には重要なものとそうでないものがある」ということである。わかりやすくいうと、「仕事が五つあった時に、大事な一つを完成させるほうがより重要だということはしばしばあろう。しかし、評価の軸を数多くすると、一つの重要な仕事で100点をとったとしても、他がゼロ点であれば、全体としての評価が下がる。逆に些末でも100点を取りやすい仕事があれば、そちらが優先されることにもなりかねない」(155頁)ということである。
そもそも。企業でも個人でも、成功する者はすべての分野で優れているわけではないし、失敗している者がすべてにおいて劣っているわけではない。
「企業の戦略とは何をするかと同時に何をしないのかを決めること」なのである。

私は、この最後の文章を経営者は肝に銘じるべきだと考える。私が見る限りでも「成果主義」を追及して良かったことは思い当たらない。また、「企業」をそのまま「人間」や「個人」と置き換えて考えてみても同じであろう。人間には、職場においては多くの業務が課せられる。家庭においても、何の責任ももたない人はいないことははっきりしている。職場でも家庭でもそのほかのことでも、「何をするかと同時に何をしないかを決めること」は、大変重要なことであると改めて考えさせられた。
(2014年10月24日 ブログ掲載)

アルベルト・イァーネス/佐藤紘毅訳『イタリアの協同組合』緑風出版、2014年

本書は、イタリアで2011年に刊行された≪Alberto Ianes, Le cooperative. Carocci editore,Roma 2011.≫を底本として著者が内容を加筆・修正したものの翻訳である。したがって、著者と訳者の協議により、いくつかの部分の底本と異なる叙述を加え、また大幅に削除した部分もある。最新の資料(第八章)も新たに加えた。したがって、底本カロッチ書店版の忠実な翻訳ではない。
 本書は、一読したら明白であるが、イタリアの協同組合に関心を持つ人々を対象として書かれた協同組合入門書である。イタリア人にとって馴染みのある言葉や固有名詞も日本の読者にとっては疎遠なものが多い。日本の読者の解読に資するよう、訳者の判断で随所に「訳注」が付されたのはそのためである。
 著者のアルベルト・イァーネス氏は、現在は「トレント県 歴史博物館財団」付属「協同組合経済史センター」の研究員を務めている。トレント大学はここ三十年来の協同組合研究の分野で、ボローニャ大学と並んでめざましい成果を発信している研究機関の一つである。トレント大学における協同組合・社会的企業研究の主導者の一人は、わが国でも「エメス調査ネットワーク」の主導者として知られるボルザーガ教授である。本書の著者イァーネス氏は、そうした恵まれた学問的環境のなかで協同組合研究にいそしんだ俊英である。彼は2006年にボルザーガ教授と共同して、社会的協同組合の歴史と現状を扱った労作『連帯経済』と著しており、社会的経済、協同組合、社会的企業の研究分野においてすでに第一線に立っている気鋭の研究者である。
 「社会協同組合」は「社会的企業」の先駆例・成功例として広く注目されており、わが国でも民主党政権下の「“新しい公共”推進会議」での「内閣府 政府統括官(経済システム担当)委託調査」(http://www5.cao.go.jp/npc/pdf/syakaiteki-kaigai.pdf)のなかで取り上げられるまでにいたっている。

社会協同組合が付加する価値は相互扶助的便益でなく公共的便益
 イタリアでは1942年の民法典をもって相互扶助目的が協同組合企業の特質となった。この民法典をもってファシズムは協同組合の活動範囲を限定し、発展の可能性を抑えた。ここにおいて「相互不助性」は、協同組合によって生み出される便益を手に入れるために組合員が相互に交換する行為の総体とされ、「相互扶助目的」は長きにわたり協同組合企業の必須要件とされた。目的を欠いた協同組合企業は協同組合とは認められなかった。
 社会協同組合が現れるまではこのとおりであった。社会協同組合はそれまでの協同組合世界には存在しない創意として現れ、「相互扶助性」をもってしてではなく「連帯」をもってしても協同組合が成立しうるのだ、という考え方を定着させることによって伝統に楔を打ちこんだのである。
社会協同組合が付加する価値は相互扶助的便益でなくして公共的便益である。これはさまざまな資料から言えることであり、初期の社会協同組合が表明した意志から言えることである。最初の“社会連帯協同組合”の創立者ジュゼッペ・フィリッピーニが強調したところによれば、協同組合とは「直接的であれ間接的であれ自らのために協働するものではなく他者のために協働するものである」。
 初期の協同組合の多くは、その定款の連帯的性格のゆえに協同組合として裁判所の認可が下りなかったのである。そこでは「協同組合における社団活動の受益者は組合員のみであって部外者ではない(たとえ組合員が含まれていても部外者であってはならない)。社団活動の受益者が部外者であった場合、相互扶助性という要件が論理的に成立しない」とされた。
 著名な法学者ヴェッルーコリ(Piero Verrucoli,1924-1987)は、「相互扶助性」という伝統的な規定は客観的に見て狭隘な概念だとして新たな状況に対する「拡大相互扶助性」あるいは「外延相互扶助性」という概念を提出した。
 そしてついに社会協同組合が備える公共的便益性の特質は、1991年の法律第381号(社会協同組合法)をもって高く掲げられた。すなわちこの法律は、従来の法体系が想定しえなかった協同組合形式――障害者であれ健常者であれ組合員の利害の追及にとどまらず共同体の一般意志の追及を目的とする協同組合形式――を認知するために必要な法律であった。
 社会協同組合というのは特定の状況の中で可能な実践――だがしばしば非現実的な実践――によって純化される限りにおいて意義を有する、という考え方もある。歴史的な資料が物語る初期の社会協同組合の幾多の実例を見るならば、社会協同組合とりわけB型社会協同組合が、たんなる社会的扶助を克服して、社会的に不利な立場の働く人びとと責任を分かち合うことをめざし、助け合う人びとこそ互酬関係を理解し、すべての人が“役立つ”ことを自覚し尊厳を獲得するよう奮闘したことが注目される。障害者のための扶助の諸策は、残念ながら微々たるものであり、社会協同組合が打ち出したイニシアティブは障害者と健常者の同等尊厳というものであった。
 連帯に立脚する企業の典型としての社会協同組合は、農業労働者協同組合と同様に、イタリアで初めて構想され実践されたものである。それはイギリスで消費協同組合が、フランスで生産・労働協同組合が、ドイツで信用協同組合がそれぞれ構想され実践されたのと同じ意義を有している。

イタリアにおける協同組合の利点と欠点
 イタリアにおける協同組合の歴史の展開をたどって引き出しうる、協同組合の利点について若干ふれておこう。イタリアの協同組合は経営面で地域別・業種別に連合体に組織化されており、また政治面でナショナルセンターに組織化されているが、そうした組織規模別はネット状に協同組合企業が組織化されうる能力を示している。
 二大ナショナルセンターたるレ-ガコープとコンフコーペラティーブェは、政治的立場を異にしており、前者は歴史的に左翼に位置しており、後者はカトリック世界に結びついている。ネットワークを形成する能力は、協同組合事業を効率的かつ効果的に発展・推進させるための重要な要因である。
協同組合が独特の企業形態であり資本的企業と明確に区別される点は、組合員および従業員の企業経営への参加・関与を重視することである。また資本的企業の目的が利潤の最大化であるのに対し、協同組合はさまざまな欲求への対応を目的とし、企業経営における人間的・社会的側面を大切にし、地域との直接的関係性を維持するよう努める。これに加えて、協同組合は、自らの人的資源および関係者の自律と責任感を重視するがゆえに、取引関係者と顧客との関係性においても企業内部の関係性においても人間関係を大切にする。
 したがって協同組合にとっては、利潤は追求すべき目的ではなくして、自らの事業の資産を確立するのに必要な、自らの存立に必要な要因なのである。
協同組合のこうした側面はその歴史から引き出されることであり、とくに「協同組合・社会的企業欧州調査研究所」(Euricse)および「社会投資研究センター」(Censis)の最近の調査(それぞれ2011年および2012年刊)により明らかにされている。この二つの研究は、同時に協同組合の制約をも明らかにしている。それは、特に資金不足から来る企業革新と国際化の難しさである。

最新の資料(2011年)
 イタリアにおける協同組合の2011年現在の概観も2012年に刊行された「社会投資研究センター」の『第1回イタリア協同組合報告』に示されている。
 この報告書の基礎をなす商工会議所の企業登記簿電子データによれば、2011年末現在、イタリアは7万9,949件の協同組合が存在しており、そこに働く人びと(組合員および非組合員)は131万人にのぼっている。この人数は2007年に比べて8%増加しており、2008年以降の経済危機にもかかわらず協同組合における雇用が安定していることがわかる。
 同じく2011年における企業総数に対する協同組合企業総数の割合は1.5%、全企業における従業員総数に対する協同組合従業員総数の割合は7.2%となっている。ここ十年間における協同組合の力強い発展は、それ以外の企業形態の成長率を上回っている。
 業種別の協同組合についてみると、雇用機会の成長がもっともめざましいのは社会協同組合であり、4年間でおよそ14%の成長を示している。サービス産業全般も積極的な傾向を記録しており、2007年から2011年にかけて9.4%の増加がみられる。
 農業分野分野全体の就業者数のなかでの協同組合が占める割合は依然として大きいが、協同組合における就業者数は停滞気味である。生産分野(工業)での協同組合の従業員数は低下しており、この分野全体のなかでの協同組合従業員の占有率は2007年から2011年にかけて3.6%減っている。
建設業の協同組合は深刻な危機を経験しており、その従業員数はこの4年間で9.3%低下している。
協同組合の地域的分布についてみるならば、エミリア・ロマーニャ州は長期的に見て最も協同組合が発展した地域であり、州内の全就業者数の13.4%を協同組合が占めている。同じ基準から見てエミリア・ロマーニャ州に続くのは、トレンティーノ・アルト・アーディジェ州(8.1%)とウンブリア州(7.9%)である。

(本稿は、『イタリアの協同組合』「第八章 イタリアの協同組合を理解するための要点」より、イタリアの社会協同組合について要点をまとめたものです。)

(2014年5月26日 ブログ発表)

川崎一泰『官民連携の地域再生―民間投資が地域を復活させる』勁草書房、2013年

本書は、レベルの高い学術書です。第1部は「地域政策の経緯と将来における制約」です。第2部は「人口制約下の地域政策」、そして第3部は「財政制約下の地域政策」という構成になっています。第2章と終章は書き下ろしですが、他の1章から8章はすべて研究雑誌への投稿論文です。
テーマの独自性についても、主題は「官民連携の地域再生」ですが、むしろ副題の「民間投資が地域を復活させる」のほうが、本書の内容にふさわしいと思われます。
検討手法においては、先行研究の方法を踏襲しており、とくに問題とすべき点はありません。その意味では学術的に正しい方法を選択していると考えます。計量経済学やコンピュータープログラムのスキルを使って、多彩な地域再生の研究をしている点も、本書の特徴の一つです。1章ごとのテーマごとにロジックが整理されて展開されており、さらにむすびでは、明らかにした点(政策的インプリケーション)と残された課題が整理されており、わかりやすくまとめられています。
計量経済学的アプローチで地域再生を検討した著書はそう多くはないと思うのですが、このようなアプローチも面白いと考えます。民間資本の活用が重要であることはわかりましたが、それをどのような形で実行するか、についての考察は今後の課題のような気がします。

谷本圭志・細井由彦編、鳥取大学過疎プロジェクト著『過疎地域の戦略―新たな地域社会づくりの仕組みと技術』

過疎地域を取り上げた研究は多数ありますが、新たな地域の仕組みづくりを目的として、社会調査やシミュレーション、フィールドワークの手法でアプローチした研究はそう多くはありません。しかも、学際的に福祉、交通、経済、防災、観光、保健など多様な分野を取り扱っていることが本書の特色です。検討手法についても妥当な方法が採用されていると思います。ひとつひとつのテーマに関する社会実験の成果を確認している点でも、方法としては正しいと考えます。
 現場をよく分析できている点でも、鳥取県内の自治体と大学がうまく連携されている証左であろうと思われます。学術書というよりは、実践書という方が妥当だと考えます。
 共感できる点とできない点がありますが、人口増加政策を目指すという記述がある一方で、人口減少への対応が求められると述べていますが、人口増加策よりも人口減少に対する政策の方が最重要だと考えます。その意味で、「賢く縮む、成熟した街へ」の可能性を提言していることは、オリジナル性というよりも正しい提言だと考えます。
 本書は、鳥取県自体が、わが国が少子高齢社会に突入する中で、国内のフロントランナーとしての位置をもっていることを自覚して、自治体と大学が今後の政策を提言した点で、時宜に適った良書であると思います。
プロフィール

Author:ショートビーチ
小磯明のブログへようこそ!
これから、私が読んだ本の紹介などをしてゆきます。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。