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レーチェル・カーソン『沈黙の春』(Rachel Carson,Silent Spring)とジェーン・ジェイコブス『アメリカの大都市の死と生』(Jane Jacobs,The Death Life of Great American Cities)

強調文レーチェル・カーソン『沈黙の春』(Rachel Carson,Silent Spring)とジェーン・ジェイコブス『アメリカの大都市の死と生』(Jane Jacobs,The Death Life of Great American Cities)。
レーチェル・カーソンの『沈黙の春』は、DDTがもたらしたすさまじい自然破壊をみごとに描き出し、人間がつくり出した化学物質の危険性を世に訴えた書物である。DDTは,1874年、ドイツの化学者によってはじめて合成されたものであるが、1939年、スイスの化学者パウル・ミュラーが、強力な殺虫効果があることを発見した。それからわずか数年の間に全世界でひろく使われ、昆虫伝播疾病の撲滅、また農薬として絶大な威力を発揮した。しかしDDTは、昆虫や小鳥を絶滅するだけでなく、人間自身をも絶滅しかねない化学物質であることを、レーチェル・カーソンは海洋生物学者として詳しく記し、警鐘を鳴らした。当時、マッカーシズムの時代的風潮の中で、アメリカの農務省、製薬・化学産業はこぞって、レーチェル・カーソンの批判、誹謗に終始したが、圧倒的に多数の人びとの共感を得て、世界的な公害反対運動の大きな潮流をつくりだすことになったのである。
ジェーン・ジェイコブスの『アメリカの大都市の死と生』は、ル・コルビジェの「輝ける都市」に代表される近代的都市の考え方に対して、その問題点をするどく指摘して、新しい、人間的な都市のあり方を私たちの前に示し、都市計画の専門家の間に、革命的といってよい衝撃を与えた。ジェイコブスは、二十世紀はじめのアメリカには、魅力的な大都市が数多くあったが、それから半世紀経って、1950年代の終わりころには、このような魅力的な大都市の魅力が失われ、住みにくい、非人間的な都市となってしまったのかについて、アメリカ中の都市を回って歩いて、実際に調べた。そして、どのようにすればアメリカの大都市の生を取り戻すことができるかを明らかにしたのである。
この二つの書物は、二十世紀を通じて、急速なペースで起こった工業化と都市化が引き起こした自然と都市の破壊、それによってもたらされた人間と社会の破壊について、するどい観察と透徹した分析を展開したもので、若い世代の人びとの心を深くとらえ、二十世紀の後半もっとも大きな思想的、社会的、そして政治的影響を与えた書物である。
 近代都市の理念は、19世紀の終わりころ、エベニーザー・ハワードが提起した「田園都市」(Garden City)の考え方に始まる。産業革命後、18世紀から19世紀にかけて、イギリスの各地には、新しい、近代的な工場が数多く造られ、経済の規模は飛躍的に拡大した。しかし、ロンドンをはじめとして、イギリスの大都市における一般の人びとの生活は貧しく、悲惨であった。
 このとき、エベニーザー・ハワードはロンドンの郊外にまったく新しい住宅地を造って、そこに貧しい人々を移した。新しい町は、豊かな自然に囲まれて家々の間もゆとりがあったので、「田園都市」と呼ばれるようになった。ハワードの「田園都市」は、20世紀に入って、新しい町づくりの考え方を象徴するものになった。ハワードの考え方はパトリック・ゲッデスによって受け継がれ、広い地域全体について都市計画の形に発展していった。ゲッデスは、すべてを合理的に計算して、人々の住む環境を作っていった。ハワードやゲッデスの考え方は、ル・コルビジェによって「輝ける都市」(Radiant City)として、20世紀の都市のあり方に大きな影響を及ぼすことになった。
 ル・コルビジェの都市は、自動車を中心として、ガラス、鉄筋コンクリートを大量に使った高層建築群によって象徴されている。ル・コルビジェの「輝ける都市」は美しい幾何学的なデザインをもち、抽象絵画を見るような芸術性をもっている。しかし、生活を営む人間の存在が「輝ける都市」には欠如している。ル・コルビジェの都市は、そこに住んで、生活を営む人々にとって、実に住みにくく、また文化的にもまったく魅力のないものであった。
 ル・コルビジェの「輝ける都市」は、アメリカ、ヨーロッパ諸国、日本だけでなく、インド、アフリカの貧しい国々にまで普及していった。強い日光をさえぎるものが何一つない砂漠のなかに、高層建築群がならび、広い自動車道路を、人々が荷物を背負って、とぼとぼ歩いている姿が「輝ける都市」のイメージである。ル・コルビジェの「輝ける都市」の考え方にもとづいてつくられた町は不完全ではあるが、日本にも数多くの例がみられる。もっとも代表的な例は、筑波の研究学園都市、大阪の千里ニュータウンである。
 ル・コルビジェの「輝ける都市」に代表される近代的都市の考え方に対して、その問題点を鋭く指摘して、新しい人間的な都市のあり方を私たちの前に示したのが、アメリカの生んだ偉大な都市学者ジェーン・ジェイコブスである。ジェイコブスの『アメリカの大都市の死と生』は、都市計画の専門家だけでなく、一般知識人、学生の間に革命的といってよい衝撃を与えた。アメリカの大都市が死んでしまったのは、ル・コルビジェの「輝ける都市」に代表される近代都市の考え方に基づいて、都市の再開発が行われてきたからである。しかし、アメリカの都市の中には、人間的な魅力をもった都市が数多く残っていることをジェイコブスは発見した。そして、住みやすく、人間的な魅力をそなえた都市すべてに共通した特徴を4つ取り出して、新しい都市をつくるさいの基本的な考え方として示した。これがジェイコブスの四大原則と呼ばれている。
 ジェイコブスの四大原則の第一は、都市の街路は必ず狭くて、折れ曲がっていて、一つ一つのブロックが短くなければならないという考え方である。幅が広く、まっすぐな街路を決してつくってはいけない。自動車の通行を中心とした、幾何学的な道路が縦横に張り巡らされたル・コルビジェの「輝ける都市」とまさに正反対の考え方をジェイコブスは主張したのである。
 ジェイコブスの第二の原則は、都市の各地区には、古い建物ができるだけ多く、残っているのが望ましいという考え方である。町をつくっている建物が古くて、その造り方も様々な種類のものがたくさん混ざっている方が住みやすい町だというのである。「新しいアイディアは古い建物から生まれるが、新しい建物から新しいアイディアは生まれない」とうのがジェイコブスの有名な言葉である。
 第三の原則は、都市の多様性についてである。都市の各地区は必ず二つあるいはそれ以上の働きをするようになっていなければならない。商業地区、住宅地区、文教地区などのように各地区がそれぞれ一つの機能を果たすように区分けすることをゾーニングという。ル・コルビジェはゾーニングを中心として都市計画を考えたが、ジェイコブスは、このゾーニングの考え方を真っ向から否定したわけである。ジェイコブスがゾーニングを否定したのは次のような根拠からであった。アメリカの都市で、ゾーニングをして一つの機能しか果たさない地区ができると、夜とか、週末には、まったく人通りがなくなってしまい、非常に危険となってしまう。ジェイコブスは、フィラデルフィア市の生まれであるが、ある年、殺人がすべて公園の中で、夜行われたということがあった。日本ではアメリカと違って、都市は一般にずっと安全であるが、ゾーニングの危険に変わりはない。
 ジェイコブスの第四の原則は、都市の各地区の人口密度が十分高くなるよう計画したほうが望ましいということである。人口密度が高いのは、住居をはじめとして、住んでみて魅力的な町だということをあらわすものだからである。
 ジェイコブスの四原則は、これまでの都市の考え方を全面的に否定して、人間的な魅力をそなえた、住みやすく、文化的香りの高い都市をつくるために、有効な考え方であることは、『アメリカの大都市の死と生』が出てから今日までの間にはっきりと示された。世界の多くの国々で、ジェイコブスの四大原則にしたがって、住みやすい、文化的香りの高い都市がつくられた。ベルギーのブリュッセル市の近郊に、ルーヴァン大学の新しいキャンパスが1970年代に建設された。それがルーヴァン・ラ・ヌーブである。ルーヴァン・ラ・ヌーブは1968年に計画されたが、すでに自動車と公的交通の均衡を考えてつくられた。ルーヴァン・ラ・ヌーブでは真ん中に鉄道の駅が一つあり、人々はまちのすべての地点にそこから歩いてゆくことができる。高層建築を取り巻いて自動車道路がめぐらされているのではなく、低い建物が伝統的な日本のまちを伝統的なヨーロッパのまちのように互いにくっついて建っている。建物は互いにくっついているが、高層建築物はない。エレベーター、空調設備もなく、過剰なエネルギーの消費もないのである。
 ル・コルビジェの考えと違って、都市空間を単一の営みのために使うように計画されていない。学問のための場所とか、企業、あるいは買い物、住居のためという特定の場所がない。しかし、長期的な強靭なバックボーンといった類の計画はある。それは、ピエール・ラコンテが主張する「発生にしたがっての計画」の考え方である。計画はある道筋か、あるいは特定の方向に向けて発展し、マスター・プランに加えられていくが、初めから決定されたものではなく、「ノン・ゾーニング」の考え方である。
(宇沢弘文「第19章 人間的な都市を求めて―ルーヴァン大学の挑戦」『経済学は人びとを幸福にできるか』東洋経済新報社、2013年、pp.244-260参照。)
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