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レーチェル・カーソン『沈黙の春』(Rachel Carson,Silent Spring)とジェーン・ジェイコブス『アメリカの大都市の死と生』(Jane Jacobs,The Death Life of Great American Cities)

強調文レーチェル・カーソン『沈黙の春』(Rachel Carson,Silent Spring)とジェーン・ジェイコブス『アメリカの大都市の死と生』(Jane Jacobs,The Death Life of Great American Cities)。
レーチェル・カーソンの『沈黙の春』は、DDTがもたらしたすさまじい自然破壊をみごとに描き出し、人間がつくり出した化学物質の危険性を世に訴えた書物である。DDTは,1874年、ドイツの化学者によってはじめて合成されたものであるが、1939年、スイスの化学者パウル・ミュラーが、強力な殺虫効果があることを発見した。それからわずか数年の間に全世界でひろく使われ、昆虫伝播疾病の撲滅、また農薬として絶大な威力を発揮した。しかしDDTは、昆虫や小鳥を絶滅するだけでなく、人間自身をも絶滅しかねない化学物質であることを、レーチェル・カーソンは海洋生物学者として詳しく記し、警鐘を鳴らした。当時、マッカーシズムの時代的風潮の中で、アメリカの農務省、製薬・化学産業はこぞって、レーチェル・カーソンの批判、誹謗に終始したが、圧倒的に多数の人びとの共感を得て、世界的な公害反対運動の大きな潮流をつくりだすことになったのである。
ジェーン・ジェイコブスの『アメリカの大都市の死と生』は、ル・コルビジェの「輝ける都市」に代表される近代的都市の考え方に対して、その問題点をするどく指摘して、新しい、人間的な都市のあり方を私たちの前に示し、都市計画の専門家の間に、革命的といってよい衝撃を与えた。ジェイコブスは、二十世紀はじめのアメリカには、魅力的な大都市が数多くあったが、それから半世紀経って、1950年代の終わりころには、このような魅力的な大都市の魅力が失われ、住みにくい、非人間的な都市となってしまったのかについて、アメリカ中の都市を回って歩いて、実際に調べた。そして、どのようにすればアメリカの大都市の生を取り戻すことができるかを明らかにしたのである。
この二つの書物は、二十世紀を通じて、急速なペースで起こった工業化と都市化が引き起こした自然と都市の破壊、それによってもたらされた人間と社会の破壊について、するどい観察と透徹した分析を展開したもので、若い世代の人びとの心を深くとらえ、二十世紀の後半もっとも大きな思想的、社会的、そして政治的影響を与えた書物である。
 近代都市の理念は、19世紀の終わりころ、エベニーザー・ハワードが提起した「田園都市」(Garden City)の考え方に始まる。産業革命後、18世紀から19世紀にかけて、イギリスの各地には、新しい、近代的な工場が数多く造られ、経済の規模は飛躍的に拡大した。しかし、ロンドンをはじめとして、イギリスの大都市における一般の人びとの生活は貧しく、悲惨であった。
 このとき、エベニーザー・ハワードはロンドンの郊外にまったく新しい住宅地を造って、そこに貧しい人々を移した。新しい町は、豊かな自然に囲まれて家々の間もゆとりがあったので、「田園都市」と呼ばれるようになった。ハワードの「田園都市」は、20世紀に入って、新しい町づくりの考え方を象徴するものになった。ハワードの考え方はパトリック・ゲッデスによって受け継がれ、広い地域全体について都市計画の形に発展していった。ゲッデスは、すべてを合理的に計算して、人々の住む環境を作っていった。ハワードやゲッデスの考え方は、ル・コルビジェによって「輝ける都市」(Radiant City)として、20世紀の都市のあり方に大きな影響を及ぼすことになった。
 ル・コルビジェの都市は、自動車を中心として、ガラス、鉄筋コンクリートを大量に使った高層建築群によって象徴されている。ル・コルビジェの「輝ける都市」は美しい幾何学的なデザインをもち、抽象絵画を見るような芸術性をもっている。しかし、生活を営む人間の存在が「輝ける都市」には欠如している。ル・コルビジェの都市は、そこに住んで、生活を営む人々にとって、実に住みにくく、また文化的にもまったく魅力のないものであった。
 ル・コルビジェの「輝ける都市」は、アメリカ、ヨーロッパ諸国、日本だけでなく、インド、アフリカの貧しい国々にまで普及していった。強い日光をさえぎるものが何一つない砂漠のなかに、高層建築群がならび、広い自動車道路を、人々が荷物を背負って、とぼとぼ歩いている姿が「輝ける都市」のイメージである。ル・コルビジェの「輝ける都市」の考え方にもとづいてつくられた町は不完全ではあるが、日本にも数多くの例がみられる。もっとも代表的な例は、筑波の研究学園都市、大阪の千里ニュータウンである。
 ル・コルビジェの「輝ける都市」に代表される近代的都市の考え方に対して、その問題点を鋭く指摘して、新しい人間的な都市のあり方を私たちの前に示したのが、アメリカの生んだ偉大な都市学者ジェーン・ジェイコブスである。ジェイコブスの『アメリカの大都市の死と生』は、都市計画の専門家だけでなく、一般知識人、学生の間に革命的といってよい衝撃を与えた。アメリカの大都市が死んでしまったのは、ル・コルビジェの「輝ける都市」に代表される近代都市の考え方に基づいて、都市の再開発が行われてきたからである。しかし、アメリカの都市の中には、人間的な魅力をもった都市が数多く残っていることをジェイコブスは発見した。そして、住みやすく、人間的な魅力をそなえた都市すべてに共通した特徴を4つ取り出して、新しい都市をつくるさいの基本的な考え方として示した。これがジェイコブスの四大原則と呼ばれている。
 ジェイコブスの四大原則の第一は、都市の街路は必ず狭くて、折れ曲がっていて、一つ一つのブロックが短くなければならないという考え方である。幅が広く、まっすぐな街路を決してつくってはいけない。自動車の通行を中心とした、幾何学的な道路が縦横に張り巡らされたル・コルビジェの「輝ける都市」とまさに正反対の考え方をジェイコブスは主張したのである。
 ジェイコブスの第二の原則は、都市の各地区には、古い建物ができるだけ多く、残っているのが望ましいという考え方である。町をつくっている建物が古くて、その造り方も様々な種類のものがたくさん混ざっている方が住みやすい町だというのである。「新しいアイディアは古い建物から生まれるが、新しい建物から新しいアイディアは生まれない」とうのがジェイコブスの有名な言葉である。
 第三の原則は、都市の多様性についてである。都市の各地区は必ず二つあるいはそれ以上の働きをするようになっていなければならない。商業地区、住宅地区、文教地区などのように各地区がそれぞれ一つの機能を果たすように区分けすることをゾーニングという。ル・コルビジェはゾーニングを中心として都市計画を考えたが、ジェイコブスは、このゾーニングの考え方を真っ向から否定したわけである。ジェイコブスがゾーニングを否定したのは次のような根拠からであった。アメリカの都市で、ゾーニングをして一つの機能しか果たさない地区ができると、夜とか、週末には、まったく人通りがなくなってしまい、非常に危険となってしまう。ジェイコブスは、フィラデルフィア市の生まれであるが、ある年、殺人がすべて公園の中で、夜行われたということがあった。日本ではアメリカと違って、都市は一般にずっと安全であるが、ゾーニングの危険に変わりはない。
 ジェイコブスの第四の原則は、都市の各地区の人口密度が十分高くなるよう計画したほうが望ましいということである。人口密度が高いのは、住居をはじめとして、住んでみて魅力的な町だということをあらわすものだからである。
 ジェイコブスの四原則は、これまでの都市の考え方を全面的に否定して、人間的な魅力をそなえた、住みやすく、文化的香りの高い都市をつくるために、有効な考え方であることは、『アメリカの大都市の死と生』が出てから今日までの間にはっきりと示された。世界の多くの国々で、ジェイコブスの四大原則にしたがって、住みやすい、文化的香りの高い都市がつくられた。ベルギーのブリュッセル市の近郊に、ルーヴァン大学の新しいキャンパスが1970年代に建設された。それがルーヴァン・ラ・ヌーブである。ルーヴァン・ラ・ヌーブは1968年に計画されたが、すでに自動車と公的交通の均衡を考えてつくられた。ルーヴァン・ラ・ヌーブでは真ん中に鉄道の駅が一つあり、人々はまちのすべての地点にそこから歩いてゆくことができる。高層建築を取り巻いて自動車道路がめぐらされているのではなく、低い建物が伝統的な日本のまちを伝統的なヨーロッパのまちのように互いにくっついて建っている。建物は互いにくっついているが、高層建築物はない。エレベーター、空調設備もなく、過剰なエネルギーの消費もないのである。
 ル・コルビジェの考えと違って、都市空間を単一の営みのために使うように計画されていない。学問のための場所とか、企業、あるいは買い物、住居のためという特定の場所がない。しかし、長期的な強靭なバックボーンといった類の計画はある。それは、ピエール・ラコンテが主張する「発生にしたがっての計画」の考え方である。計画はある道筋か、あるいは特定の方向に向けて発展し、マスター・プランに加えられていくが、初めから決定されたものではなく、「ノン・ゾーニング」の考え方である。
(宇沢弘文「第19章 人間的な都市を求めて―ルーヴァン大学の挑戦」『経済学は人びとを幸福にできるか』東洋経済新報社、2013年、pp.244-260参照。)
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「社会保障・税一体改革関連法」成立に思う

「社会保障・税一体改革関連法」成立に思う

8月7日夜、都内でジャーナリストの堤未果さんの話を聞く機会がありました。彼女は、「日本人はいま、3.11(東日本大震災)後のショック・ドクトリンに陥っている」と言いました。それは、彼女のアメリカの友人からの忠告だそうです。今から約10年前のアメリカでは、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件後45日間で「米国愛国者法(USA PATRIOT Act)」が成立しました。愛国者法は、米国内外のテロリズムと戦うことを目的として政府当局に対して権限を大幅に拡大させた法律です。入国者に対し無期限の留置が可能な権限を与え、司法当局によって行われる管理権者の承諾無く行われる家宅捜索(「こっそり忍び寄り盗み見る」調査)をできるようにし、そして連邦捜査局に対し令状抜きで電話、電子メール及び信書、金融取引の記録を利用することを拡大して認めています。アメリカでは、国民が抵抗できないパニック状態のときに、企業に都合の良い法律を通しています。堤さんは、「アメリカは国が株式会社化している」といいました。
ナオミ・クライン『The Shock Doctrine: The Rise of Disaster Capitalism』(『ショック・ドクトリン:惨事便乗型資本主義の正体を暴く』は、戦争、津波やハリケーンのような自然災害、政変などの危機につけこんで、あるいはそれを意識的に招いて、人びとが茫然自失から覚める前に、およそ不可能と思われた過激な市場主義経済改革を強行したことを告発しています。アメリカとグローバル企業による「ショック療法」は世界に何をもたらしたか。3.11以後の日本を考えるためにも必読の書だといわれています。

さて、私が驚いたのは、翌8日夜のことです。家に帰りテレビのニュースに目をやると、野田首相と自民党の谷垣総裁が無言のまま画面に映し出されていました(民自党首会談)。そこに、公明党の山口代表が加わり会談は終了しました(民自公党首会談)。いったい何が起こったのかまるでわかりませんでしたが、野田首相は会談終了後記者団に「3党合意を踏まえて、法案は早期に成立を期す。成立した暁には近いうちに国民に信を問うと確認した」と説明しました。
少し前までは、自民党の谷垣総裁は独自の内閣不信任案・問責決議案提出を指示したと報じられていました。消費税増税の「3党合意」は破綻し、増税法案も廃案もありうると私は理解していました。しかし自民党は内閣不信任決議案提出を取りやめ、「国民の生活が第一」などの7野党提出の内閣不信任案は9日に衆院本会議で民主党の反対、自民、公明党の欠席で否決され、そして10日には消費増税関連法案は参議院本会議で民主、自民・公明3党の賛成多数で可決、成立しました。
今国会で成立した消費増税関連法案は、2014年4月から8%、15年10月に10%に引き上げるもので、年金改革や後期高齢者医療制度について議論する社会保障制度改革国民会議の設置などを盛り込んでいます。7月27日に開会し、8月12日に閉会したロンドンオリンピックで、国民が競技に目が釘付けのときでした。野田首相は、本来絶対総理が口にすべきでない「解散」を言って会談をまとめました。法案成立を受けて会見した野田首相が「一体改革についての意義を語る前に2つのことからおわびしないといけない」と切り出し、公約違反と厳しい経済状況での負担増に対する異例の弁明をせざるを得ませんでした。民意を気にしてのことです。民・自には財界、外国からのカナリノプレッシャーがかかったものと思われます。
共同通信社が実施した調査(11、12日)では、成立した消費税増税法にもとづく税率の引き上げに反対と回答したのは56.1%で、賛成の42.2%を大きく上回りました。「毎日」の調査(11、12日)では成立を「評価しない」の53%に対し、「評価する」は44%。「読売」(11、12日)でも「一体改革」関連法の成立を「評価しない」が49%と、「評価する」の43%を上回っています。「毎日」では、消費税の引き上げが「暮らしに影響する」と答えた人は「大いに」(47%)と「ある程度」(45%)を合わせ、計92%にのぼるという結果も出ています。

消費税増税をめぐる今回の政局の中で、2009年総選挙時の野田首相の街頭演説はあまりにも有名です。「(マニュフェストには)ルールがある。書いてあることは命がけで実行する。書いてないことはやらない」。政権交代を実現させた前回総選挙で民主党に投票した人のうち、それまで悪性を続けてきた自民・公明と手を組み消費増税をしてほしいと思っていた人はどれだけいるでしょうか。野田首相に消費税増税法案を提案する権限を与えた覚えがある有権者はこの日本にいるのでしょうか。
首相は、大増税の成立を受けた記者会見でマニュフェストに明記していなかったことについて「おわび」を口にしました。しかし、明記していなかっただけではなく、総選挙時の鳩山由紀夫・民主党代表は、「消費税を引き上げない」と公約しました。野田首相の街頭演説にはまだ続きがあります。それは「書いてないことを平気でやるって、これおかしいことだと思いませんか」とも述べているのです。
以前とまったく矛盾する言動をしても謝れば許されるとの屁理屈からくる「おわび」なのでしょうか。本来なら国民生活にきわめて大きい影響のある法案を成立させて、その後に国民の信を問うのではなく、成立の前にこの法案が是か非か、国民に即問うべきでした。公約していないことに政治生命をかける政治を審判するため、一刻も早く解散して国民に信を問うべきです。

消費税は1989年に竹下登内閣が税率3%で導入しました。94年に村山富市内閣で引き上げ法が成立し、97年に橋本龍太郎内閣が5%へ引き上げました。今回の消費税増税法では景気動向によって増税を一時凍結できますが、2014年の引き上げが実現すれば、17年ぶりの消費増税となります。政府は10%への引き上げで年13.5兆円の税収増を見込みますが、それでも基礎的財政収支(プライマリーバランンス)を20年度までに黒字化する目標の達成には消費税約6%分の財源が足りず、さらに負担増を迫られる可能性が高いと思われます。

『読売新聞』(8月10日)の永原伸政治部長は、「3党がバラバラでは、選挙後にどの党が政権の座に就いたとしても、一体改革の具体化は無論、原発・エネルギー政策やTPP参加など山積する内外の諸課題に取り組むことは至難の業である」と述べています。しかし他方で、「3党は『強さ』を持ち合わせている」といいます。それは、社会保障制度改革も、小泉内閣以降の歴代内閣が挑んで果たせなかった懸案だということです。永原氏は、毛利元就が3人の息子に諭した「1本の矢なら簡単に折れても、3本の矢なら容易に折れない」の逸話を引き合いに出して、「3党が協力すれば多くの課題を前に進めることが可能となろう」と檄を飛ばしました。
今回の消費税増税をめぐる政局のマスコミの捉え方は、これほど国民の考えとずれているのです。『読売新聞』だけではありません。他の新聞社も似たり寄ったりの主張をしています。今回のような3党合意で決める政治は、かつては「密室政治」や普通なら「談合政治」といわれたりします。そもそも民自公3党だけで物事を決めて、国会で議論しないなら、他の野党はいりません。国会とは何か、民主主義とは何か、永原氏はわかっているのでしょうか。国民生活を直撃する消費税増税法案を党利党略でもてあそぶ談合政治に怒りを覚えるのが普通ではないでしょうか。

さて、話を最初に戻します。ナオミ・クライン『The Shock Doctrine: The Rise of Disaster Capitalism』は、戦争、津波やハリケーンのような自然災害、政変などの危機につけこんで、あるいはそれを意識的に招いて、人びとが茫然自失から覚める前に、およそ不可能と思われた過激な市場主義経済改革を強行することです。堤さんはどんな法律が議会にかかっているのか、注目する必要があるといいます。たとえば、契約社員や派遣社員ら労働期間が契約で決まっている労働者が、5年を超えて働くと「無期雇用」に移行する制度が、今国会で成立した改正労働契約法に盛り込まれたことは、多くの国民の知らないうちのことでした。いつの間に成立したか私も知りませんでした。これは、ナオミ・クライン流に言えば、ショック・ドクトリンの影響ということになるのでしょうか。労働者側は雇用安定化への一歩と期待しますが、無期雇用を敬遠する企業では労働期間が5年に達する前に雇い止めが増加する懸念もあります。どちらかというと企業に有利な改正ということになるかもしれません。
安心して働ける環境は、日本の経済や技術にも貢献します。本来なら国は様々な職種の実態を考慮しつつ、無期雇用への転換を図りやすい環境作りを行うべきです。

堤さんの話の延長で考えると、日本はこれから大変な事態を迎えることになります。しかし、アメリカのように、東日本大震災という大惨事があったことは事実ですが、アメリカのように99%に対する1%のスーパーリッチたち巨大資本が、日本の市場を食い尽くすとは私には考えにくい気がします。
堤さんがいうように、「日本人はいま、3.11後のショック・ドクトリンに陥っている」のかもしれません。しかし、財界(資本家)や政治家やマスコミをつぶさにみると、アメリカと日本では明らかに違います。
かつて「少数意見が多数意見へと変わっていく可能性を考えれば、少数意見の尊重がどんなにたいせつか」「(議会における)敗者の議論が正しいと判断される場合、新聞はこれを将来への証拠として正確に報道して記録にとどめておくべき」と書いた新聞人がいます(森恭三『私の朝日新聞社史』)。まして今回は消費税増税法案反対が多数の声です。この声が政治の現実に反映しないわけはありません。そのためには、総選挙での国民の審判が必要です。

国会図書館の利用法

国立国会図書館は他の図書館と利用の仕方が違う。国会図書館は、日本で出版された書籍、雑誌をすべて所蔵している。閉架式が採用されていることから、希望する書籍の請求記号を調べ資料請求票に書き込み、受け付けカウンターに申し込む。
 書籍を借りることはできず、閲覧室で読むことになる。コピーサービスは、著作権法の範囲内で利用できる。なお、国会図書館の閲覧時間は9:30~17:00、資料請求票受付時間は9:30~11:50、12:30~16:00になっており、利用資格は20歳以上となっている。
 休館日は、日曜日、土曜日(第1、第3土曜日を除く)、国民の祝日・休日、年末年始、第1・第3土曜日の直後の月曜日(祝日・休日にあたるときはその翌日)1月・4月・7月・10月の第3土曜日直前の水曜日(資料整理休館日)である。
 国会図書館の蔵書は、公共図書館や大学図書館を通して、コピーや閲覧(その図書館での)することも可能である。また、2000年3月からインターネットによる情報検索も可能となった。
 私は国民の財産である国会図書館をもっと多くの人たちが知り、そして利用してもらいたいと思う国民の一人である。

世論調査のうそ

2009年4月24日『朝日新聞』17ページに掲載された記事は、社会調査法の講義にもってこいの教材であった。朝日新聞社の峰久和哲編集員の問題提起は、大要次のようになる。
 峰久氏は自省も込めて、調査上の問題点を指摘し、信頼に足る調査とするための方策を論議している。峰久氏の指摘は、まず回収率がひどく下がっていることを指摘している。80年代半ばまでは回収率は80%あって当たり前だったが、今では面接調査でも60%、現在主流のランダム・ダイヤリング(RDD=コンピューターがランダムに発生させる番号に電話して質問する方式)では、調査時間帯に全員不在だった世帯も分母に含めると、実質的な回収率は50%に満たない惨状だと指摘している。
 また、非常に回収率の高い世論調査でも常に3ポイント前後の誤差があることもわかっている。回収率が低いRDDだと、どれくらい誤差があるか、計算もできない。サンプリングに偏りが生じている可能性も極めて高いという。RDDでは、基本的に家庭用の固定電話しか対照にできない。携帯電話にいきなりランダムに電話しても、出てもらえないからである。今の若者層は携帯だけで、固定電話を持たない人が増えている。そのため、若年層から得られた回答に偏りが出ていることが考えられるのである。
 本来、世論調査で数字を出すべき世論には3条件が必要であるという。問題意識を国民みんなで共有していること、その上で議論が行われていること、そのプロセスを経て多数意見が醸成されること。だが今はそういうプロセスで世論が形成されていないため、世論調査が単なる反応調査、感情調査になってしまっているのではないか、と疑問を投げかけているのである。
 峰久氏は、もっとひどいのは「一部のメディアにはそうした問題点の認識もなく、非常にお粗末な調査さえある。そんな調査でも『世論調査』としてまかり通ってしまうのは怖いことだと思う」と指摘しているのである。
 
                                 *

 この議論の背景を少しフォローすると、次のようになる。
 福田(前)首相が内閣改造を行った2008年8月1日直後に、全国紙は緊急世論調査を行った。それによると、福田内閣の支持率は「朝日新聞」25%、「毎日新聞」24%で改造前と比べてほとんど変わらなかったのに対して、「読売新聞」は41%、「日本経済新聞」は38%で、改造前に比べてそれぞれ15%ポイント、12%ポイントも急上昇した。この結果を「読売新聞」は「内閣支持好転41%」と大々的に報じた。
 「朝日新聞」・「毎日新聞」と「読売新聞」・「日本経済新聞」とで支持率が2倍近くも違うのは明らかに異常であり、「読売新聞」と「日本経済新聞」で支持率が急増したのは、従来と設問の仕方を変えたためだという見方が有力であった。この点について、世論調査研究が専門の松本正生教授は、両紙の質問の文言に注目して、次のように述べている。
 「読売は『福田改造内閣を支持しますか、支持しませんか』と聞き、日経も『内閣改造があった』と前置きする。『改造』はプラスイメージ。態度が明確でない人はこの言葉の有無で反応が変わってくる」(「福田さん本当の支持率」『AERA』2008年8月18日号、p.76)。
 松本教授の指摘が正しいことは、その直後に証明された。それは「読売新聞」が内閣改造後1週間の8月9、10日に行った定例の全国世論調査で、従来どおり「福田内閣を支持しますか、支持しませんか」と質問したところ、支持率は28%にまで「急落」したからである(同紙2008年8月12日朝刊)。同紙はそれの解説で、支持率が急落した原因の一つとして、「定例調査では『内閣を支持しますか』と聞いているのに対して、緊急調査は『改造内閣を支持しますか』と聞いていることなども影響したと見られる」と認めた。全国紙が自社の世論調査の不備について認めるのは異例のことであった。

                                 *

 実は、このようなやり取りがあって、今回の朝日新聞社の「選択の年 世論調査の質が問われる」という見出しの記事が掲載された。この一連の世論調査に関するやりとりは、「できの悪い(または意識的な)世論調査による内閣支持率と政権交替との関係を示唆する」社会調査には面白い教材となった。しかし、この背景には、時期をさかのぼった2007年8月に行われた安倍改造内閣発足の世論調査でも同じことが行なわれたのである。このときの「朝日新聞」の支持率は33%であったのに対し、「読売新聞」は44%の高支持率であった。もっというと、峰久氏は、安倍政権誕生は世論調査によって生まれた政権であることを次のように指摘している。
 「小泉首相の後継者として安倍晋三氏が浮上した時、政治かも記者も最初は『何で安倍なの?』と思った。だが世論調査で高い支持を得た安倍氏は自然に自民党の総裁選で圧勝した。いわば安倍政権は世論調査によって誕生した。さらに、07年の参院選の惨敗も、それに続く彼の退陣も、世論調査の結果と密接に関連していた。安倍政権を生んだのも引きおろしたのも、世論調査と言えるかもしれない」
 同じ朝日新聞社の川本裕司編集員は、峰久氏の指摘を受けて「小泉政権が高い支持率を背景に、05年の郵政選挙で大勝した。その後は、世論調査の数字が良くないと選挙で勝てないという風潮が強まり、『選挙の顔』として安倍首相が誕生した。自民党が世論調査に左右される政治を作ってきたとも言える」と指摘している。
 このように、世論調査には様々な問題点があり、民意を100%正確に捉えたものとして過信することは誤りだと思う。評論家の宮崎哲弥氏は、「世論調査を何か決定的なものとして取り扱うべきではない。『正しさ』はほぼ検証不能だし、『誤り』が証明されることもない」と総括的な発言をしている。

                                 *

 谷岡一郎[2002]『「社会調査」のウソ』は有名である。世の中に蔓延している「社会調査」の過半数はゴミだと述べる。始末の悪いことに、このゴミは参考にされたり引用されたりして、新たなゴミを生み出しているのである。そこで谷岡[2007]『データはウソをつく―科学的な社会調査の方法』 では、半分以上というのは好意に過ぎたと述べて、本当は7~8割はゴミだと指摘する。谷岡は、「我々は今こそゴミを見分ける目を養い、ゴミを作らないための方法論を学ぶ必要がある」と述べる。とくにマスコミが生み出すゴミは深刻である。
 谷岡一郎[2007:135]は、誘導的な質問の危険性を指摘し、社会保障に関し、税の引き上げでも「やむを得ない」という容認派がマジョリティとなる結果を出した読売新聞を批判した。そして、「中でも、世の中に叛乱する怪しげな数字に対する注意は、何度でもすべきだと思います。専門家が正しく扱ってもデータとは不安定なもので、ましてやヘタに扱うと、数字は妖怪のように化けるものです。数字は有力な補強財ではありますが、決して過信しないこと。それだけに頼らないこと。そして常に疑うことです」(谷岡2007:163)と述べている。
 また、「林の数量化理論」の林知己夫は、かつて「いま調査者が心掛けること」と題する長文を専門誌に寄せたことがある。インターネットなどによる安易な調査が世論調査としてまかり通っていると怒った。林が亡くなる半年前のことである。このままでは世論調査そのものへの信頼が崩れるという、後進への熱いメッセージであった。大学で学んだ数学の知識を生かし、選挙予測に科学的手法を編み出したのは林が30代のころであった。朝日新聞の世論調査を半世紀余り指導してきた林は、天国できっと今頃悲しんでいるのではないだろうか。

学位取得をめぐる事件

『読売新聞』(2009年5月13日)の夕刊をみたとき、私は「いよいよここまで来たか」という思いを強く感じた。記事には、「不適切な指導 院生自殺」の見出しが躍っていた。当月13日に東北大では、大学院研究科で教員の指導に過失があり、担当していた大学院生の自殺につながったとする内部調査結果を公表した。指導教授である准教授は、院生からの博士論文の受け取りを2年続けて拒否して修了できなかった。同大は懲戒委員会で処分を検討していたが、この教員は辞職した。調査は、残された論文草稿やデータを見る限り、大学院生の研究は博士論文の審査水準に到達していた判断した。准教授が具体的な指示を与えず、適切な指導を行なわなかった結果、大学院生は学位取得や将来に希望を抱けなくなり、自殺に至ったと結論づけた。
 そのほか、博士論文をめぐり北海道大学では教授ら9人が2007~2008年度に審査した博士号取得者7人から現金や商品券などの謝礼を受け取っていたとする内部調査結果を発表した。2008年3月、横浜市立大学で謝礼授受が発覚し、文科省が学位審査の適正化を通知したばかりであった(『秋田さきがけ』2009年4月23日)。
 東北大学では大学院の歯学研究科のグループが発表した複数の論文にデータの不正の疑いがあると指摘されていた問題で、東北大は4月21日記者会見し、同研究科の女性助教が論文11本で実際に行っていない実験をしたように記載する捏造をしていたとする調査結果を明らかにした(『秋田さきがけ』2009年4月22日)。
 学位取得を巡る現金授受を巡っては、名古屋市立大学、横浜市立大学で発覚したことを受け、同省が2008年3月19日、全大学に学位審査を厳格に行うよう通知を出している。しかし、この通知が出た直後の同月下旬、東京医大と北大で担当教授が院生から学位論文審査の謝礼として現金を受け取っていたことが2009年2月以降、相次いで判明していた(夕刊『読売新聞』2009年5月12日)。
プロフィール

Author:ショートビーチ
小磯明のブログへようこそ!
これから、私が読んだ本の紹介などをしてゆきます。

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